東京地方裁判所 昭和60年(ワ)3434号 判決 1992年8月31日
原告
甲山A夫
右訴訟代理人弁護士
中村源造
檜山玲子
宮﨑富哉
被告
甲山B子
乙川C雄
丙谷D美
右三名訴訟代理人弁護士
山田修
青山揚一
右訴訟復代理人弁護士
川端健
被告
株式会社日本企画設計
右代表者代表取締役
丁沢E郎
右訴訟代理人弁護士
阿部元晴
被告
戊野F代
右訴訟代理人弁護士
渡辺春己
右訴訟復代理人弁護士
森田太三
被告
南進商事株式会社
右代表者代表取締役
己原G介
右訴訟代理人弁護士
村上守
右訴訟復代理人弁護士
村上實
被告甲山B子補助参加人
庚崎H江
被告甲山B子補助参加人
辛田I子
右両名訴訟代理人弁護士
多久島耕治
主文
一 被告甲山B子は、原告に対し、別紙第一物件目録≪省略≫記載の建物を明渡し、かつ、昭和六〇年四月一八日以降同六一年一二月三一日まで一箇月金三万七〇〇〇円、昭和六二年一月一日以降右建物明渡済みまで一箇月金三万九〇〇〇円の各割合による金員を支払え。
二 被告甲山B子、同乙川C雄及び同丙谷D美は、原告に対し、各自、別紙第二物件目録≪省略≫記載の建物を明渡し、かつ、昭和六〇年四月一八日以降同六一年一二月三一日まで一箇月金二二万七〇〇〇円、昭和六二年一月一日以降右建物明渡済みまで一箇月金二三万六〇〇〇円の各割合による金員を支払え。
三 被告株式会社日本企画設計は、原告に対し、別紙第三物件目録≪省略≫記載の建物を明渡し、かつ、昭和六〇年四月一八日以降同六一年一二月三一日まで一箇月金一万六〇〇〇円、昭和六二年一月一日以降右建物明渡済みまで一箇月金一万七〇〇〇円の各割合による金員を支払え。
四 被告戊野F代は、原告に対し、別紙第四物件目録≪省略≫記載の建物を収去して別紙第五物件目録≪省略≫記載の土地を明渡し、かつ、昭和六〇年四月一八日以降右土地明渡済みまで一箇月金三六万円の割合による金員を支払え。
五 被告南進商事株式会社は、原告に対し、別紙第四物件目録記載の建物から退去して、別紙第五物件目録記載の土地を明渡せ。
六 訴訟費用のうち、参加によって生じた部分は補助参加人らの負担とし、その余は被告らの負担とする。
理由
第一 請求原因1(本件物件の旧所有者)の事実は当事者間に争いがない。
同2(J作の譲受けと原告への贈与)の事実については、原告と被告B子、被告乙川及び被告丙谷との間においては争いがなく、その余の被告らとの間においては、≪証拠省略≫並びに弁論の全趣旨によりこれを認めることができる(右認定に反する証拠はいずれもたやすく採用できないものである。)。
同3(被告B子、被告乙川及び被告丙谷の建物占有)のうち、被告B子が第一建物及び第二建物を占有していることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、被告乙川及び同丙谷は第二建物について独立した占有を有していることが認められる。
同4(被告日本企画設計の建物占有)、同5(被告戊野の土地占有)、同6(被告南進商事の土地占有)の事実については、いずれも各当事者間に争いがない。
同7(本件土地及び建物の賃料相当額)については、鑑定の結果により、これを認めることができる。
第二 そこで、次に、被告B子、被告乙川及び被告丙谷(以下「被告ら」という。)の抗弁について判断する。
一 原告は、抗弁1ないし3の主張が、被告らの過失により時機に遅れて提出された攻撃防御方法であり、却下されるべきであると主張する。
まず、この点について検討するに、≪証拠省略≫及び弁論の全趣旨によれば、本件物件については、当初、被告B子から原告に対して、所有権移転登記請求訴訟(以下「前訴」という。)が提起され、前訴においては、所有権が原告、被告B子のいずれに属するかが争われたものの、昭和五九年一〇月二九日に第一審判決が、平成元年一月三〇日に第二審判決がそれぞれ言い渡され、いずれも、本件物件は、J作から原告に対して贈与されたものであるとの認定に基づき、被告B子の請求が排斥されたこと、被告B子は上告したが、平成二年四月二〇日に上告棄却の判決が言い渡されたことが認められる。
ところで、本件訴訟では、権利濫用(抗弁3)の主張は平成元年二月二〇日の第二三回口頭弁論期日において、使用貸借(抗弁2)の主張は同年五月八日の第二五回口頭弁論期日において、遺留分減殺(抗弁1)の主張については、同年八月三〇日の第二七回口頭弁論期日において特別受益の問題という形で言及した上で、平成二年八月二四日の第三五回口頭弁論期日において、それぞれ主張されたものであり(当裁判所に顕著な事実)、確かに、右各主張はいずれももっと早期の段階で提出することも可能であり、いささか時機に遅れている感を否めないとはいえるが、他方、前記認定の前訴の経過に鑑みれば、前訴において本件物件の所有権の帰属を争っている被告B子らが、右訴訟の確定前に、本件訴訟において、原告に所有権があることを前提として使用貸借、遺留分減殺などの主張を行うことは必ずしも期待できないというべきであり、前訴で所有権の帰属が原告に確定した段階で初めて右主張に及んだとしてもやむをえないと解するのが相当である。
したがって、本件抗弁1ないし3について、時機に遅れた攻撃防御方法として却下されるべきであるとの原告の主張は理由がない。
二 抗弁1(遺留分減殺請求)について
1 遺留分減殺請求権は、その行使により、新たな権利関係を形成するものであるから、その行使は客観的に明確にされる必要があるところ、遺留分減殺請求権の行使と遺産分割の調停の申立てとでは、その要件及び効果の面で本質的に異なるものがあるから、遺産分割の調停の申立てがされたからといって、直ちに、その申立てを遺留分減殺請求権の行使と同一視することはできないというべきである。
2 もっとも、遺産分割の調停の申立てが黙示的に遺留分減殺の意思表示を含むとみられる場合もありえないではないが、しかし、そのようにみられるためには、少なくとも、遺産分割の調停の申立てをする者において、当該処分行為(生前贈与又は遺贈)の存在を認識し、仮定的にせよこれを容認することが明らかにされていなければならないと解すべきである。
これを本件についてみるに、≪証拠省略≫並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告B子は、昭和五二年八月一日J作が死亡するまで、本件物件が原告の所有であることについて異議を述べたことはなく、J作死亡後も、相続税の申告書に本件物件が相続財産の対象として掲げられていないことについて特段の異議を述べていなかった。
(二) その後、被告B子及び補助参加人らは、J作の遺産の分割に関して壬岡K平弁護士を代理人に選任し、同弁護士は、昭和五三年二月以降二回にわたって、原告の代理人であった中村源造弁護士に対し、本件物件をJ作の遺産の一部として遺産分割の協議をしたい旨を申し入れたが、中村弁護士は、右のような前提に立った協議には一切応じられないとして、その話し合いは決裂した。そこで、被告B子は補助参加人らと共に、同年六月二三日、東京家庭裁判所に、本件物件を遺産の一部として、原告を相手方とする遺産分割調停の申立てをしたが、その際の申立書には、「本件物件は被相続人の所有に属するものであるが、形式的に相手方名義にしていたところ、相手方は自己名義であることを奇貨として、その所有権を主張している」旨の記載がされていた。
(三) 昭和五三年一二月以降、被告B子は、本件物件はJ作の相続財産であり、同人の死亡により、自分が持分四分の一を有するに至ったことを前提として、本件物件を売却する旨を第三者に対して確約するなどして金銭の交付を受けるようになり、また、同五四年には、原告を相手方として前訴を提起し、本件物件について、主位的に自己の所有に属することを前提に所有権移転登記手続等を求め、予備的にJ作の死亡により相続分を取得したとして四分の一の共有持分移転登記手続等を求めた。
(四) なお、前訴は、前記認定のとおり被告B子の敗訴判決が確定したが、被告B子は、その後の平成二年九月二八日、本件物件が原告によって処分されてしまうかもしれないと考え、本件物件が「遺産分割対象物件(遺留分減殺請求対象物件)」であり、原告が自由に処分できる物件ではない旨の注意書を、本件物件の周辺に掲示した。
3 右認定した事実によれば、被告B子は、相続税申告書作成の頃までは本件物件について原告の所有権を争うような動きはなかったものの、壬岡弁護士を通じて協議を申し入れた昭和五三年二月以降は、本件物件が原告に生前贈与されたことを否定する行動をとるようになり、本件物件は形式的に原告名義にしていただけでJ作の所有に属するものであると主張して遺産分割の調停の申立てをし、また、前訴においては、本件物件は被告B子の所有であると主張するなど、一貫して、原告に対し本件物件の贈与がされたことを否定する態度をとっていたものであって、被告B子の遺産分割調停の申立てにおいて、同被告が、仮定的にせよ原告に対する本件物件の贈与を容認していたとみることはできないといわざるをえない。したがって、被告B子の遺産分割調停の申立ては、黙示的にも遺留分減殺の意思表示を含むものと認めることはできない。
ところで、≪証拠省略≫(壬岡弁護士の陳述書)には、壬岡弁護士は、当時、白金台の不動産(本件物件)の資産価値は相当大きいものであったので、当然、特別受益の問題が生じるものと考えており、調停申立てにあたっては、遺留分減殺にも言及したかのような記載部分があるが、同号証は、壬岡弁護士自身も認めるとおり曖昧な記憶に基づくものであり、前記認定の前訴の経過等に照らし、たやすく採用することができない。
4 以上によれば、遺産分割調停の申立により遺留分減殺請求権を行使したとの被告らの主張は失当であり、その余の点について検討するまでもなく、抗弁1は理由がない。
三 抗弁2(使用貸借)について
1 ≪証拠省略≫並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
(一) J作は、昭和二二年本件物件を購入後、妻、原告、被告B子及び参加人H江と共に本件物件に転居し、従来aビルで行っていた歯科診療所も本件物件に移し、当時未だ若年であった原告に代わって、自ら世帯主として本件物件を管理していた。
(二) 参加人H江は、翌二三年に結婚し、本件建物を出て生活するようになり、また、原告も昭和三五年三月に結婚し、J作が原告夫妻のための住居として建築し贈与した第七建物に住むようになった。
(三) その後、本件建物には、J作夫妻と被告B子が居住していたが、被告B子は、昭和三九年頃に詐欺師に騙されて約二〇〇〇万円の借金を負ってしまい、同四〇年頃から、J作に無断で、J作所有のaビルや逗子市小坪の物件を担保にいれるなどするようになり、そのため、甲山家は、以後、複数の訴訟事件の遂行を余儀無くされたこともあった(なお、J作は、昭和四六年、被告B子を推定相続人から廃除する旨の遺言書を作成した。)。
(四) 昭和四八年七月にJ作の妻が死亡し、以後は、J作と被告B子が本件建物に住み、J作に支払われていたb商事からの給料で生活していた。その後、昭和五二年八月一日J作が死亡し、同月二三日頃、原告、被告B子、補助参加人らは相続税申告等について協議したが、その際、J作の死亡によって、これまでJ作に支払われていたb商事からの給料が止まってしまうため、被告B子の当面の生活費をどうするかが問題となり、原告としては、とりあえず、従前どおり被告B子が本件建物に居住することを容認することとし、また、被告B子の生活費としては、b商事から給料名目で月額金二五万、逗子市小坪の駐車場賃貸収入の月額約金二〇万円を支給することとされた。
(五) ところが、既に認定したように、被告B子は、昭和五三年一二月以降、本件物件がJ作の相続財産であり自分にも持分があることを前提として、本件物件を売却する旨第三者に対して確約するなどして金銭の交付を受けるようになり、また、昭和五四年には、原告を相手方として、本件物件について自己の所有に属することを主張して前訴を提起するなど、本件建物に対する原告の所有権を否定する行動をとるようになった。更に、被告B子は、本件土地上に、勝手に第四建物を建設し、自己名義で保存登記をし、以後、第四建物は転々譲渡され、最終的に被告戊野が所有権を取得し、現在は、被告戊野が被告南進商事に賃貸している状況にある。また、被告B子は、昭和五八年五月頃から、第二建物内に被告丙谷及び被告乙川を居住させているほか、昭和五九年五月には、被告日本企画設計から金三五〇〇万円を借受け、以後、原告B子の承諾を得て、被告日本企画設計が第三建物を占有している。
2 右認定したところによれば、原告は、昭和五二年八月のJ作の死亡後、被告B子が引き続き本件建物を使用することを容認したものであり、原告、被告B子間に本件建物の使用貸借関係が成立したものということができるが、しかし、右使用の容認は、それまで被告B子がJ作と一緒に居住していたという従前の状態をJ作の死後もとりあえずそのまま尊重することとしただけで、必ずしも被告B子の生涯使用までを認めたものということはできず、また、J作の死亡当時、被告B子は五〇歳代であり、およそ、弟による扶養を受けることなしには生活をすること自体ができないような状況にあったわけではないとみるのが相当であって、これらの事情からすれば、原告、被告B子間の右使用貸借をもって、被告らが主張するような被告B子に対する扶養方法の一環としての使用貸借と解することはできないというべきである。
したがって、本件建物についての右使用貸借が、被告B子の生涯使用を認めたものであるとか、あるいは、被告B子に対する扶養方法としての使用貸借であると認めることはできず、被告らのこの点に関する主張は失当である。
3 右のとおり、昭和五二年八月のJ作の死亡後、原告と被告B子との間に、本件建物について使用貸借契約が設定されたものというべきところ、原告が、被告B子に対し、昭和五九年一二月一日右使用貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。そこで、右解除の適否について検討するに、前記認定のとおり、被告B子は、昭和五三年以降、原告の本件建物に対する所有権を否定し、かえって自己の所有権を主張するようになったこと、そのうえ、本件物件を他に売却するなどの行動に出たこと、更に、原告に無断で、本件建物の前庭部分(本件土地)に新たに建物を建て、これを第三者に売却し占有させていること、本件建物についても第三者に占有させていることなどの事情からすると、いかに姉弟であり、また、長年にわたり本件建物に居住して来た経緯があるとしても、被告B子の右一連の行為は、本件建物についての使用貸借関係を継続していくための信頼関係を著しく破壊するものといわざるをえず、原告に対し、被告B子の本件建物の使用を容認すべきことを求めるのはもはや酷に過ぎるというべきであるから、原告のした本件解除は有効と解すべきである。
なお、被告らは、右使用貸借は扶養方法としてのものであるから、家事審判の方法によらないで解除することはできない旨主張するが、右使用貸借が扶養方法としての使用貸借と認められないことは前記のとおりであるから、被告らの右主張は理由がない。
したがって、原告と被告B子との間の本件建物についての使用貸借契約は、原告の解除の意思表示により終了しているものであって、被告らの抗弁2の(一)は理由がない。
4 また、被告らは、昭和二二年にも、原告との間で、本件建物について使用貸借契約が成立したと主張するが、前記認定のとおり、当時の被告B子の居住は、父のJ作の使用ないし管理の範囲内でのものにすぎず、それ以上に、独立して原告との間で何らかの使用権が設定されたと認めるに足りる証拠はないから、被告らの右主張は失当であり、その抗弁2の(二)も理由がない。
四 抗弁3(権利の濫用)について
本件建物は床面積二〇〇平方メートル以上の広さを有するものであるが、被告B子は独身で、扶養しなければならい家族がいるわけではなく、高齢ではあるものの、特に被告乙川及び被告丙谷に面倒を見てもらわなければならない程の必要性が存する事情も窺われず、被告B子において、本件建物に居住する以外にはその生活を維持するすべがないと考えることはできないことに加え、前記認定のような使用貸借成立後の経過、被告B子の行動などに照らすと、現在、被告B子が七〇歳を超える高齢であり、長年にわたり本件建物に居住してきたことなどの事情を考慮しても、本件建物の明渡しを求める原告の本件請求が権利の濫用に当たるということはできず、被告らの抗弁3もまた理由がないというべきである。
第三 結論
以上によれば、原告の請求はいずれも理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する(なお、仮執行宣言については、相当でないのでこれを付さないこととする。)。
(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 山口博)